三十路模索日記

30歳で鍼灸師を目指すことにした三十路のブログ。趣味のテコンドーの練習記録や日記も兼ねてます。

【113】深夜食堂を観て思う

深夜食堂のめしやのマスターのような人間性の深みってどうやったら出せるんだろう…。

 

マスターの醸し出す、人としての丁度良さ。

 

立ち入り過ぎない。だけど無関心でもない。表立って口にしないけれど感じられる客への情愛。程良い割り切り。

 

どうしたらそうなれるの?

 

マスターの人生の背景を知らないから想像だけど、多分沢山の修羅場を切り抜けてきた、八方塞がりな困難を乗り越えてきた、そんな気がする…。目のとこに傷あるし(雑な考察)。

 

自分のキャパを超えそうな数々の困難を乗り越えてきて器が大きくなって、そこから生まれる余裕が、マスターの人としての丁度良さを成立させている…ような気がする。そしてマスターの心の余裕が、足繁く通いたくなる店の心地良さを作っている。

 

***

 

「器の大きさ」「余裕」

 

最近よく思い当たる言葉だから深夜食堂観ててもこんなこと思ったのかな。

 

人との距離の保ち方や、物事に取り組む時、自分の心の器に余裕がないと感じることがある。

 

「丁度良さ」を保つには、ある程度の余裕が必要で、常に背水の陣な状態だと失敗が怖くて、余計なストレスが掛かって本来やるべきことに集中できない、と個人的には思う。韓信軍みたいなリアル背水の陣はよっぽどストレス耐性強くないと無理だと思う…賛否両論ありそうだけど私は余裕を残したい派。

 

最近の私は、器の限界までやろうとして上手くいかなかったり、それで懲りて今度は器の大きさに自信がなくなって何もできなくなったり。身の程知らずに器の大きさを超えてやり過ぎたり。後悔もしばしば。

 

人としての器…ちょっとずつ広げていくしかないんだよなぁ。

 

それにはやっぱり、多少の負荷も必要なわけで。ストレスを嫌がってばかりいないで、心の鍛錬だと思って乗り越えよう。

 

きっといつか糧になるはず。

 

マスターみたいになれる…かどうかは分からないけど(キャラ違いすぎるゆえ)。