三十路模索日記

30歳で鍼灸師を目指すことにした三十路のブログ。趣味のテコンドーの練習記録や日記も兼ねてます。

【571】続・興味を持てるという幸せ

この前「興味を持って取り組めることが一番モチベーションになるし、幸せなことだと思う」という記事を書いた。

 

【574】興味を持てるという幸せ - 三十路模索日記

 

今日はそのことについて追加で思ったことをメモ的に残しておく。

 

何かに興味を持てる、ということは簡単なようで難しい。

 

何かを見た時、食べた時、誰かと話した時、瞬間的に好奇心を刺激されることはよくあることだと思う。

 

オシャレなカフェで素敵な音楽をBGMにパンケーキを食べた時、自分もこんなカフェで働けたらなぁと想像したりする。そういう想像をするのは楽しい。だけど、じゃあ家に帰って自分でパンケーキを作ってみたり、他のお店にもいってみて比較してみたりするかというと多分ほとんどの人はそうしない。というか自分はしない。そこまで強い気持ちはないからだ。

 

刺激された好奇心を持続して興味に昇華することは難しい。

 

自分なりに定義すると「興味を持っている状態」というのは、面白い・楽しいと感じた瞬間を自発的に得るために行動している状態のことだと思う。

 

そしてそれは、誰にでも出来ることじゃない。

 

写真が好き、建築が好き、絵を描くのが好き、英語が好き、ドラマが好き、アニメが好き、ゲームが好き…例えばこれは全部私がなかなか興味を持てないものだ。自分もこういうものに興味が持てたらいいなぁ、という憧れはあるけどそうはいかない。

 

アニメやドラマなんかは共通の話題になることが多いから、本当は知識としてだけでも知っておきたいし出来ることなら楽しみたい。けど自分には向いてない。

 

逆に私が興味が持てることに興味を持てない人もいる。食生活の管理だったり、韓国語だったり、テコンドーだったり。今目指している鍼灸師だって、良い職業だと思っても、それをやりたいと思える人とそうでない人がいる。

 

月並みな言葉だけど、みんながみんな同じものに興味を持つことはない。だから個性が生まれるし、色んな職業や役割が世の中に存在するんだと思う。

 

もちろんそれぞれの世界に一定数の人はいるから、完全に自分オリジナルの興味を持つことは難しい。だけど、自分が興味を持てても、他の人がそれを真似して同じように興味を持つことはそんなに多くない。多くの人は自分と同じ熱量は持ってないし、持ちたくても持てない。

 

だからこそ、何かに興味を持って、やりたいと思えることはそれだけですごいことだし、もし行動にまで移せたらもっとすごい。

 

そこまで出来る人はそんなに多くない。だから、何か興味を持てたらそれ自体がすごいこと・幸せなことだと思って突き進んでいきたい。